日本の株式市場は,1980年代に入って,その規模を拡大しながら急速に国際化の色を濃くし始めた。
証券取引所の取引高で見ても,1980年代後半においては,株式売買代金ランクで,東京がニューヨークを抜き,世界第1位の座を占めていた。
当時の日本の証券・金融市場は,ニューヨーク,ロンドンと並び世界の3大市場と呼ばれていた。
たとえば1989年の東京市場の株式売買代金は,2兆4,311億ドルであり,ニューヨーク市場の約1.6倍に達していた。
また株式時価総額で見ても,東京市場(4兆2,603億ドル)はニューヨーク市場(2兆9,035億ドル)の約1.5倍に達していた。
しかし1990年代に入ると,日本の株価は大幅な下落を示した。
バブルの崩壊は,株式市場に大打撃を与えたにとどまらず,実体経済,金融システムひいては国民経済社会にも深刻な影響を及ぼした。
2002年末の株式時価総額を比較すると,東京市場(2兆0,672億ドル)はニューヨーク市場(9兆6,033億ドル)の約22%にとどまる。
また2002年の株式売買代金を見ると,東京市場(1兆5,420億ドル),ニューヨーク市場(10兆2,780億ドル),そしてロンドン市場(2兆7,248億ドル)である。
米ドルへの換算は,時価総額については年末値,売買代金については年平均値による。
こうした中で1996年11月に,H首相(当時)は,「我が国金融システムの改革-2001年東京市場の再生に向けて」と題する金融・証券システム改革案を公表した。
マスコミは,これをロンドン証券取引所の改革に倣って「日本版ビッグバン構想」と名づけた。
改革の3原則として,①Free(市場原理が働く自由な市場に),②Fair(透明で信頼できる市場に),③Global(国際的で時代を先取りする市場に)が明示されている。
日本版金融ビッグバンの進展状況を概観しておこう。
第1に,資産運用手段の充実に関する実施項目は次の通りである。
有価証券取引税(株式・公社債・投信)および取引所税(先物・オプション取引)が1999年4月1日に廃止された。
証券総合口座が1997年10月に導入され,ラップ口座も1999年10月に解禁された。
1998年4月の改正外為法施行により,海外との金融取引が自由化された。
銀行窓口の一角で投信委託会社が投信を販売する間貸方式を経て,1998年12月からは銀行本体による投信販売が解禁された。
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